思考の備忘録。

芝居と哲学と馬をこよなく愛する私の考えること。たまに日記。

イライラの話

 

人に対して天邪鬼すぎていい歳こいて大事な人も失くしそうな今日この頃、如何お過ごしですか。

 

たまる鬱憤はどこに吐き出せばいいのか。

食に走ったり人に当たったり泣いたり色々あるけど、

発散してるつもりでイライラ蓄積していく私はマジ最悪。

そして性格は曲がっていく。

 

何も感じないように閉ざすってこと、できれば楽なんだけど人間に生まれちゃってそれなりに生きてるから無理。

 

"こうしたい"っていう着地点があるから、そこにいけなくて頭爆発しそうになるんだなーって思う。どんな小さなことでも。

答えがわかってるのに上手く出来なくてイライラ。

例えば人間関係。

普通に「好き」って言えばいいのに「死ね」って行っちゃう。

例えば芸事。

一つずつ積み上げればいいのにどうしても今すぐ結果が欲しくなる。

 

友達とお話ししてて、登山を例えに使って諭してみたけど、人に話してることは自分にもブーメランで刺さる。

 

なかなか上手くいかない人生。

 

ばっちこーい!って言える元気が今はちょっとないかも。

 

 

やっぱり頑張るって言葉嫌いだなー、強制的な感じがして。

 

 

 

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ピーチネクター押したら梅ソーダ出てきて

 

人生ってまじでイヴィルモードだなってなった時に考えてたことでした。

 

 

理由のない事は成し遂げられないよ

っていう、恩師からいただいた言葉がありまして、

本当にその通りだなぁーと10年経ってわかる、今。

 

最近、私の作った文章が色々な媒体に載る機会が多くなってきましたのでこの備忘録で文章構成の練習しよう!!と思っていたのですが、

 

 

 

無理でした。

 

 

どうしても散文的になる。

形にこだわるからですかね。

書きたいことがあってもいい感じに研究した結果を描けないからダメだった。

主に劇評だったりします。

 

最近、演出と脚本の勉強を始めました。

経理も少しずつ、昔の経済学知識をかき集めつつ。

 

やっぱり学ぶってことは楽しい。

新しい事に自分で気づけたときが一番人間として生きている感がある。私にとっては。

 

 

で、冒頭に戻ります。

文章がうまく構成できないのは、まぁそれを書く理由がないから。なんとなくで書いてるから。

書きたい結果がないわけじゃないけどハッキリしてないから。ですよね。

だから楽しくないし気がすすまないんだと思いたい。

 

演出や脚本について勉強することは、はっきりした理由があって、だから楽しいし空き時間に攫ってみよう、みたいな感情が生まれてくるんじゃないかなって思いたい。

 

 

個人的に、昔っから文章書くの大嫌いだったのもあるかもしれない。

1000字っていわれたものを200字で済ませちゃう問題児だった。

もう致し方ないな。

白いご飯が苦手なのも、カレーライスが苦手なのも、致し方ないな。

 

せめて、並くらいに格上げできるように、頑張って仕事数積み上げていきたいです。

 

 

 

 

ほら、この文章だってつまんねえだろ。

 

 

 

 

 

虫刺されの数がいよいよハンパないです。

寝違える回数もハンパないです。

断捨離

今日家具を3つ捨てました。

部屋が広くなった気がする。

 

家具に思い入れは、ない!

でも何故か私は物を捨てるのがとっても苦手。

 

台本とかはぽいぽい処分しちゃう。

残しておけばよかったなぁってのがあるけど、記憶に残ってるから大丈夫🙆と、思ってる。

どーーーしても、服と物だけ残っちゃう。一回も使ってないのもよくある。

人からいただいたものも、もったいなくてなんだか使えない。

 

自分の考えは常に新しく思いついたことでどんどん上書きされて変わっていく。

場所はとらない。

 

でも欲だけは、なんでだか捨てられないね、捨てられない。

いつだって、誰にも忘れられたくないって思う。優しくしたいって思う。綺麗にみられたいって思う。その人の走馬灯にキャスティングされたいって、とっても思う。

みんなが最上の人生を送ることができればいいのに!って思う。

 

誰かのことを考えすぎて、自分を疎かにしすぎてた毎日を、少しずつ自分の為に何かしたくてまず断捨離を始めてる。

6年間使ったベッドも、こたつも、タンスも、

靴も服も鞄も全部好きなものに変えていこうと思う。

 

好きなこと

競馬、野球、みんなと飲むこと、いぬ、料理、ゲーム、F1、人の粗探し、哲学、辞書、黄色、赤、黒、白

 

嫌いなこと

雷、猫、カラス、土砂降りの雨、低気圧、後悔、努力、面倒なこと、掃除、偏った思想、不平等

 

「自分に妥協しちゃだめ」と、北海道の友達に言われた。

その子は先日双子を産んだ。

 

母になった友達の言葉はやっぱり響く。

色々なところを刺された。

 

今年の9月で25歳。四半世紀。

色々、考えてどう人生のラストを飾るのか考えてみるか!と思って、水彩画を8年ぶりに本気で描いてる。

 

まだ早いのかな〜。

 

明日生きていますように。

色々な芝居をみて思うこと。

 

研究生公演の方がよっぽど面白いなー。

みんな必死だからなのかな?

そりゃ技術は劣るけど…。

なんでだろう???

 

今日なんとなくわかったのが、レベルがみんな似たり寄ったりだからということ。

逆に劇団とかプロ集団になると、そのレベルの差がはっきりくっきり見えちゃって、客側としてはその違和感から物語に没入しづらかったりする。

レベル100のリザードン使ってレベル9のヒンバス育ててる様なものだなーって思いました。

 

じゃあ低いレベルでまとまってる集団は見られるのか。

 

実はこれ見られちゃうんです。私は。

無駄に疲れないから。

勿論、高いレベルで役者を揃えてきてる舞台は素晴らしい。

でもそれがなかなかないのが現実…。

日本は特に趣味の延長勘違いが多めだなって思う。

 

利益を産まなければプロではないことをわかって欲しい。投資してもいいくらいの価値を自分で身につけて欲しい。

お客さん呼べるから下手でもキャスティングされる。これは商業の世界では当たり前ですよね。じゃないと回らない。

お客さん呼ぶための自分を磨くことが疎かであるというのはすごく話します。

 

やっぱり役者は憧憬を抱かれる存在でなくてはいけない。

肌も綺麗に、顔も綺麗に、私服も似合ってて、

そして何より清潔感がなくちゃ人は寄ってこないよ。

美人じゃなくてもいい、イケメンじゃなくてもいい、だから色物目指すの!と言ってる人は大抵清潔感に欠ける。

芝居が好きだから役者やるの!だけでは趣味のサークルなんだよって、何回でも言いたい。

 

あー、なんかとっても残念な気持ち。

明日はラッキー!

 

と、考えると色々楽になる。

切り替えるのは難しいですけど。

 

例えば、何か人生を賭けた試験とか落ちたとする。

その日はきっと死にたくなるし、死のうとするし、これからどうしたらいいかわかんなくてボー然とする。

いっぱい後悔する。

あの日、あの時、これがきっと足りてなかったから、、、とか

あいつがアレを失敗してくれれば、、、とか

どうしたって思っちゃうし頭をよぎる。誰だってきっとそうでしょう。

 

私は高校受験に失敗した時に両親からも教師からも、塾の講師にも全員に責められた。

その三日後くらいに両親の離婚も発表された。

本気で死にたくなった。人生初の挫折。

 

でも何故か今ちゃっかり生きてる。

 

滑り止めの高校での生活は本当に楽しかったし、人生の転機にもなった。

離婚はまぁまだまだ色々ゴタゴタしてて面倒だけども、結果として私が自由にやらせてもらえたからいい。

 

それからも私という人間は本番が、試験が、テストが、本当に苦手で失敗しまくり。決めきれない。練習の成績は抜群だったりしたもんだからみんなからの期待値は上がる一方。

毎回期待を裏切りまくってしまって周りの方には本当に申し訳ない。ごめんなさい。

 

でも、落ちるたびに死にたくなるけど生きてます。

行った先でまたいい出会いがあって、また導かれて、見識が広がって

だから何が本当に自分の為にいいのかなんて、その立場になってみなくちゃわからないんですよねー。

って話。

 

私の志望校に受かった1人は、なかなか学校に馴染めずに辛い思いをしたみたい。

その人もやっぱり死んでないしちゃんと生きてる。

 

明日を迎える権利のあるうちは、ちゃんとまっすぐ自分に素直に生きて行ったほうがいいなって思います。

自分が納得できるまで、諦めたくなければやり続ければいい。

 

さて本題。

私は役者、やりきった、と思います。

10年以上やり続けて、色んな嫌なこともあって、卒業公演で本当にすっきりしました。

演劇大好きな事も分かったし、表に出るだけしか知らなかったからそこから入ったけど

今のポジションもなかなか悪くない。

心の底から、役者を、というより同期を支えたいなって思いました。

もちろん後輩も、先輩も。

今までたくさん支えてもらってよくしてもらって愛してもらったなぁと思うから。

 

好きで、やりたくて、でも上手くいかなくてもがくみんなを、ちゃんと導けるような、選択肢を増やせるような、そんな人間にこれからなっていきたいです。

 

尊敬する大恩師の先生たちには到底及ばないけれど。

惜しまれたっていう事実を大切に、自信に変えて、少しだけ自分も愛してやろうかな。

 

視野を広く。

 

長くなりました。ごめんなさい。

以上。

努力と実感の話

どんなに努力しても報われないことってありますよね。

 

あくまで、私の考え方ですが…

それは単純に努力不足なんだなと思います。

目標に辿り着けるだけの己のキャパシティが足りていない。

だから自分では頑張った実感があっても、なんの意味もない。

あーあ、切ない。

 

努力が報われる人っていうのは、報われるまで続ける気力のある人。挫けそうになっても、冷静になって目標とか目的を間違わない人。

 

そもそも努力とか頑張りっていうのは他人からの評価であって自分で「私こんなに頑張ってるのに!」とか言っちゃいけない。おこがましい。

そもそも、芸事において稽古は当たり前ですし、その当たり前のことを胸張って自慢されても…と、思う。トレーニングもそう。

 

研究所の時、みんなせめて週2.3回は走ったりしてんだろうなと思ってその上をいくように走っていたら、実は大半の人が何もやってなかった、ということがあった。夏明けたくらいだったかな。

でもみんな頑張ってるみたいでした、なにかを。内容はよく理解できなかった。

 

そういう人はやっぱりいなくなったし、伸び率も少なかったなぁ〜って、今思います。

 

私、気持ち悪いから同期一人一人の観察ノート作ってたんですよ。

見返すとイマイチな人は指摘or指導内容が1ミリも前進してなかった。

 

 

 

頑張ってる自分が好きな人って多いねって思いましたし、今も思います。

それ違うよねー????と、とても思います。

頑張ってる役しかできないじゃんね、それじゃ。

幅が広がらない。

 

 

 

 

ちゃんと外に伝わって初めて努力というものが存在するし認識されるんだと思う。

評価されない努力は努力じゃないんです。誰がなにを言っても、結果出なければ世間は努力と評価しません。

 

でも、

ちゃんと頑張ってる人には、ちゃんとみてくれてる人もいるから道が開けたりする。

 

世の中は捨てたもんじゃ無かったりする。

 

目指す地点を間違わない、見逃さない。

 

 

 

ちなみに私は頑張るの嫌いです💪

売れない役者

演劇を続けることはとっても厳しい。

精神的にも、経済的にも。

趣味で続けるのは、恐らく好きならできますが、ここでは役者としての活動のみで生活する事を目標としてる場合の"続ける"です。

 

いい作品を作ろうとすると、稽古時間以外にも勉強が必要。

それはどんな仕事でも共通だと思います。

勉強には時間が何よりも必要。

ネットで検索するのは簡単だけど、その時必要な情報だけ見つけるのではなく、本を読んで寄り道した分だけ情報は記憶として役に投影されていくのではないかな〜と思う。厚みがでるって表現がいいのかな。

 

時間が何よりも大切。

バイト三昧になってしまっては…ね。

 

今日姉と話していて、自分の中でとある結論に辿り着きました。

 

金がないと何にもできやしない=売れない役者

 

つまり、ご両親に家賃プラス生活費を援助して頂かないとやっぱり厳しいという事。

実家住みで研究所や養成所、大学に通える、又は芸能活動が出来ることがどれだけ恵まれていて幸せなことであるか。

恵まれた環境にいる人程、その幸せには気づかないものです。

 

 

 

 

借金してこそ役者だ???

 

んなわけあるか!!!!!